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「ぼくりり」は天才じゃない、「AmPm」に比べれば

石原 史彌( Evening Music Records )

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本題の前に長めの前置きを。

 

中学生の頃、近所に古ぼけたブックオフらしき本屋があった。記憶が曖昧なのだが自動ドアが10秒くらいかけて開くのでみんな手動で開けていたのを憶えている。

 

基本的に人気がなく、2階の照明が点滅しがちでBGMの音量が異常に小さいのに店長のあいさつは二子玉川のスターバックスくらい明るかった。閑散とした入り口には文字がカスれた立ち読み禁止の看板がかかっており、その真横でバイトの店員がスラムダンクを立ち読みしてるのを見た私はさらにその真横で1巻から読んでバイトを追いかけていた。誰かが読んでいるものを読む、というのが当時の私の選書基準だったように思える。

 

1週間かそこらでバイトを追い越し、2週間程度で読破した記憶がある。

 

山王戦のラストでは足が震え鳥肌が止まらず、おそらく目も潤んでいたのだろう、まだ豊玉戦で足踏みをしていたバイトが一歩寄ってきて卒アルでもめくるみたいに呟いた。

 

 

「続き、見たいよな。」

 

 

スラムダンクは少年ジャンプで連載され、全276話で完結した。その後の延命処置はいっさい行われていない。



それから時は流れ2019年1月。オリンピック辞任祭りにカルロスゴーンのgone to Lebanon計画、嵐の活動休止とてんやわんやで世間が沸く中、1人の音楽家が死んだ。

 

 

「ぼくのりりっくのぼうよみ」改め、田中。

 

ぼくのりりっくのぼうよみ(以下:ぼくりり)。

 

 

10代向けオーディション、閃光ライオットで1万組の中からファイナル10組まで残り現役高校生シンガーとしてデビュー。作詞作曲を自ら手掛け、達観した抽象的リリックが話題に。文芸界からも注目されエッセイの寄稿もこなす天才として時代から脚光を浴びる。その彼が音楽キャリア3年目にして突然引退を発表した。

 

NEWS ZEROの密着取材でこう語っていた。

 

 

「僕は自由になりたいです、すごく。文学的だとか天才だとか哲学的な歌詞がステキだみたいなことを言っていただいて、できあがった他の人たちの中にある偶像に自分が支配されちゃうことにすごく耐えられない」

 

 

その後はぼくりりを葬ると宣言し、東京でのラストライブ「葬式」を持って正式に「ぼくのりりくのぼうよみ」を辞職した。

 

 

エンタメならではの苦しみとは...

 

 

納得の理由だな、と個人的には思う。

 

アイドルではないにしろ、アーティストも人気商売としての側面は強い。

 

作品を作れば読み手聞き手は意味を探し、それは作り手のクリエイティビティに大なり小なり影響を与えていく。そういう意味で作ったんじゃない、と思えば思うほど次回作は既存のファンには刺さらなくなり、かといって数字を取りに行こうとすれば世間がイメージする虚像は侵食を続ける一方、アーティストの自殺が世界でも問題になっている理由は容易に想像できる。

 

 

それでも、スラムダンクに限らず鬼滅の刃や短期アニメ、惜しまれつつ解散.引退したアーティストなど、人気絶頂のなか見事に完結する作品を見終わった後には、まぶたの裏で刹那的な打ち上げ花火の残像を味わうかのような圧倒的な高揚感が残り、そして我々は口々にこう呟く。

 

「続き、見たいよな。」




(ここまで前書きです。長いっすね...)

 

そんなエンタメの世界が抱える矛盾に対して、全く新しい方向からアプローチしてるアーティストがいる。(正確ではないが便宜上アーティストと呼ばせていただく)

 

「AmPm(アムパム)」という名前を聞いた事があるだろうか。

 

 

仮面のアーティストAmPm

 

 

覆面を被った二人組のアーティストでリスナーの7割が海外という信じがたい状態なため、邦楽好きにはまだ馴染みが薄いかもしれない。デビューシングルの「Best Part of Us」はSpotifyの注目チャートにいきなりランクインし、2017年の世界で最も聞かれた日本人アーティストとなった。驚くことにここまでの功績はよくある事務所のプッシュではなく、自分達のセルフプロデュースのみで行われている。

 

 

そして最も重要なのはAmPmがアーティストではなく、そして作詞作曲もしていないという点である。

 

混乱するだろうと思うのでじっくり説明させていただきたい。伝わりやすい例えとして漫画の編集者を思い浮かべてほしい。

 

自分で漫画を書くわけではないが、「面白い漫画とは何か」という物語の知識と、「誰向けにどんな漫画が売れるか」などのプロデュース能力を持っているとする。そこで、「こんな漫画が世に求められているのではないか」というアイデアを文才のある原作者に物語として形にしてもらい、それを才能ある絵描きに描いてもらう。

 

自分は0→1のアイデアとプロデュースを手伝い、原作者も絵描きも作品を世に売り出せて三方良しとなる。

 

この形式で才能ある漫画家を紹介するための雑誌に”少年ジャンプ”と名前をつければ、”少年ジャンプ”=(いい漫画との出会い)という図式が出来上がる。

 

 

これの音楽バージョンをやっているのがAmPmと思っていただいて差し支えないだろう。

 

作詞作曲家にアイデアを投げ、才能あるボーカルを紹介する。そのメディアにAmPmという名前をつけて本人はプロデュース面をサポートする。AmPmプロジェクト誕生の経緯は次の通りだ。様々なアーティストを紹介したいが、認知の獲得には最初の認知が必要。そこでとりあえず曲を作り、それが1発目としてヒットするように市場を分析した。

 

...とここまで読んで「いうのは簡単だが実際はもっとむずいだろ」と思った人も多いはず。しかしその難しさを乗り越える、恐ろしいほどに強いマインドがAmPmにはあった。

 

 

話が行ったり来たりして読みづらいだろうが、ようやくここからが本題なのでついてきて欲しい。

 

 

AmPmの1人がYahooニュースのインタビューでこう語っていた。

 

 

「どれだけ欲や感情やエゴを殺せるかを、かなり意識しています」

 

 

音楽という人間の感情を表現する世界の中で、その感情自体に飲み込まれ時にはその深淵から帰って来られない者もいる中で、自ら徹底してそれを殺しているのである。

 

”意識しています”って、いやそりゃみんな意識してるでしょうよ。

 

どんな曲が売れるのかなんてみんな考えてるし、知りたいし、努力してるけどそれができないから困ってるんだろうに、実際にそれをできてしまうのか。実際にそれでバズらせてしまうのか。TikTokでスクロールした画面にたまたま現れる投稿初期の音楽を「これはバズる」と見抜くことと、実際にそれを作ることは全く話が別。

 

しかし、自分を殺して作品を売り出すことに全エネルギーを使えればその確率は上がり、メディアとしての寿命もずっと長くなる。

 

YouTuberのラファエルは「100年後も誰かが仮面を被ればラファエルは生き続ける」と断言してるが、AmPmというメディアもその名前と仮面を受け継ぐ者がいれば原理的には生き続ける。続きを望んだファンの声に応え続けることができる。

 

アーティスト虚像にむしばまれることなく、その鮮度を更新し続けていける。

 

 

なぜなら、最初からAmPmというアーティストは存在しないのだから。

 

文:石原

 

 

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